人にはすすめないけど西野亮廣「革命のファンファーレ」は面白かったよ

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西野亮廣さんの「革命のファンファーレ」を昨晩読み終えた。

寝る前に読んだら、なんだか心がフツフツと沸騰してきちゃって、すっごい浅い眠りのうちに朝を迎えてしまった。

なんてことを書くと

えっ、なに、そんなにいい本だったの!?

と思う方もいるかもしれないが、その質問への答えはけっこう難しい。

ものすごく良い本ではあったのだけれども、それと同時に友人たちにはすすめられないなって思っちゃうような本でもあったのだ。

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西野 亮廣「革命のファンファーレ」の感想

ビッグマウスのお騒がせ芸人だったキングコングの西野さん。

「へぇ、絵本を描きはじめたんだ」と思っていたら、5作目(たぶん)の「えんとつ町のプペル」で大ヒットを飛ばし、気づい時にはNewsPicsで対談をするようなビジネスよりの人間になっていたという何ともアグレッシブなお方。

本書「革命のファンファーレ」は、そうした成功体験をベースにインターネットがもたらした新しい世界でのお金の稼ぎ方を書いたビジネス書だ。

読み始めてすぐ

あれ? 堀江貴文さんと同じこと言ってる。

と感じたのは、西野さんが堀江さんをリスペクトしているからなのか、はたまたネット界隈の人たちの考え方は、同じようなところへと収束するからなのか。

50をすぎたおばさんにはわからないことばかりだけど「その考え方はすごい!」と思う部分もあれば「西野さんよ、それはやっぱり青すぎるんじゃないのか」と言いたいところもいくつかあった。

これからの社会は何よりも「信用」が大事とする点は堀江さんと全く同じなのだが、堀江さんの本を読んでいると(賛同するかしないかは別として)その主張をすんなり受け止めることができるのに対し、西野さんの主張にはあっちこっちに引っ掛かりを感じてしまう。

お二方の経験の差なのか、はたまた歳の差なのか。

年齢的なことを理由にあげると「そんなの関係ない!」って嫌がられそうだけど。

「過去の常識にしがみつくな。その船は、もう沈む。逃げろ」っていうのはものすごくわかる。わかるんだけど、つねに120パーセントの力を発揮しつづけなくちゃいけない世の中っていのうは、正直しんどい。

その考えが世の中を停滞させるって言われれば、反論の余地はない。

最近、世間ではよく「50代は何とか逃げ切ることばかりを考えている」って言うけど、まあそうなんだろうな、と思う。

だから

死ぬ気で努力をしているクリエイターが生き残り、努力をサボって、既存のルールに守ってもらって生きようとするクリエイターが死ぬ。

とても全うなクリエイティブの世界じゃないか。

実力で格差が発生した方が、健全だ。

っていわれると、ひじょーに耳が痛い。

アタシも40代のころまではこの手の考えにもろ手を挙げて賛成していた。新卒で会社に入ったときは、さして仕事もしていないおじいちゃん社員たちが高い給与をもらっているのを見て

だから年功序列ってダメなんだよね。

と生意気にも思っていた。

だけど時は流れる。考えは変わる。

考えが変わった一番の原因は体力(アタシの場合は老眼が一番やっかいだ)。もうこればっかりは実際に経験してみないとわからないので、ここであれこれ説明はしない。わかる人にはわかってもらえるはずだ。

実力社会、実力社会って言われると

「いや、まて。今まで積み上げて来た知識と経験は評価してもらえないのか!?」

となってくる。典型的な若い人の足を引っ張るタイプだ(笑)

もちろん、足を引っ張る側にまわっていることが正しいだなんてこれっぽっちも思っていなくて、そうなってしまった自分に悔しさというか、悲しさというか、苛立ちのようなものがある。

だからこの本を読んでいると

へぇ、この発想はすごい!

とワクワクしながらも、自分が直視したくなかった弱点ををグリグリとえぐられるような痛みも同時に感じてしまうのだ。

とても良い本だと思うのだが、同世代の友人にはすすめられないな、と思うゆえんでもある。

ムチャクチャ雑に説明すると、「20歳から60歳までの仕事」と「60歳から100歳までの仕事」。

僕らはこの人生において、前半と後半で2つの仕事をやらなければならない。

逃げ切ることばかりを考えていたアタシには、この言葉は衝撃だった。

そっか、前半と後半でふたつの仕事ね。

それでも、前半と後半とでは同じポテンシャルでもって仕事をこなすことなんてできないだろうから、早い段階から後半へ向けての仕込み作業が必要になって来るだろう。

それが西野さんの言う「『老人力』=『許され力』」なのか「信用」なのかはわからない。

ただひとつ言えるのは、アタシら50代は、終身雇用があたりまえ。結婚したら寿退社。老後は年金でのんびりと生活……。そんな人生観がしっかりとすり込まれていたから、ここに来て世の中が大きく変わったのは本当につらい。

世間の常識とやらをもっと疑うべきだったのだが、そんな反骨精神はアタシにはなかった。

たとえるならばアタシらは崖っぷちにいるアホウドリ。助走なしでそこから飛べ!ってお尻をつつかれているような状態だ。

100羽に1羽くらいはオオワシがまざっていて、飛び降りた瞬間に華麗な滑空をきめて見せるかもしれない。彼らはできるヤツ。変化に対応できる数少ない勇者だ。

さえないアタシらアホウドリは、お尻をつついて来る奴らを論破するだけの言葉も持たず、さりとて飛び立つだけの助走距離を得ることもできず、ただその場でオロオロするばかりだ。

こんな時、堀江貴文さんだったら

「今からでも十分間に合いますよ。すぐにでも何か始めたほうがいい」

って言うんだろうな。

……、ってここまで書いてきて「革命のファンファーレ」の書評を書くつもりだったのが、ひたすら愚痴になっていることに気づいた(汗)

まあ、いい。

ずっと思っていたことで、どこかのタイミングで1度は言いたかったことだから。

でも、世の中が変わったから置いてきぼりになっちゃった、って嘆いているだけじゃ何も変わらないのもわかっている。

西野さんの「革命のファンファーレ」。ラストにいい文章があったんで、ちょっと長いけど引用しておきます。

キミに決定権はあるか?

好きなようにやらせてもらえないことを立場のせいにしていないか?
売れない原因を環境や時代のせいにしていないか?
自分の不満を誰かが解消してくれることを待っていないか?

これまでたくさんの人を見てきたが、成功者は必ず決定権を持っている。
そして決定権は今この瞬間に持つことができる。
あとは君の覚悟次第だ。

お金の価値が変わり、
働き方が変わり、
道徳が変わり、
何もかもが猛スピードで変わっていくこの時代を、
まるで動きが読めないこの時代を、
乗り越えたいのだろう?
それでも守りたい家族や友やスタッフや、信念があるのだろう?

ならば、
目の前で起こる変化に、即座に対応しなければならない。
他人に決定を委ねると出遅れる。
環境に決定を委ねると癖になる。
守るべきものが守れなくなる。

この時代を生きたいのなら、
自分の人生を生きたいのなら、
決定権を持て。
今、この瞬間にだ。

周りが何と言おうと、
世間が何と言おうと、
昨日までの常識が何と言おうとかまわない。
キミの人生の決定を、他人や環境や時代に委ねるな。
キミの人生はキミが決定しろ。
常識に屈するな。屈しないだけの裏付けを持て。
それは行動力だ。
それは情報量だ。

僕はまもなくこの本を書き終える。
そして直後に、次の行動を起こす。
キミはまもなくこの本を読み終える。
さあ、何をする?
キミの革命のファンファーレを鳴らすのは、キミしかいない。

頑張ってください。応援しています。

西野亮廣

「革命のファンファーレ」より

頑張ろうっと!

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